【第18回】キーワードで予想する2021年のサステナブル・マーケティング

2020年12月15日

<連載>サステナブル・マーケティングのすすめ

「サステナブル・マーケティング」をキーワードに、令和におけるマーケティング戦略を考察していく連載コラム。
最終回は2020年のコロナ禍における象徴的なマーケティング事例を紹介、さらに2021年に特に注目したいキーワードを見ていきます。
コロナ禍の長期化が予想される今、私たちはどのような領域を重視しながら市場活動を続けていくべきなのでしょうか。

人々の行動と価値観を変えたコロナショック


2020年、コロナショック以降の経済は大きく揺れ動きました。消費行動の変化と経済低迷。世界貿易は大きな打撃を受け、人々は今もなお分断され続けています。マーケティングも、コロナ禍によって大きな影響を受けています。

まず、イベントや店舗を介した市場活動の多くが制限されました。これまでデジタルマーケティングはあくまで手法のひとつでしたが、2020年コロナショック以降、マーケティングの主戦場はデジタルへと移行せざるを得ない状況となっています。
併せて、人々の消費行動もオンラインに偏らざるを得なくなりました。オンラインショッピングの頻度が増え、家で楽しめる娯楽商品やエンターテインメントへの需要が高まっています。

また、BtoB、BtoC問わず、商品やサービスの存在価値が再定義されるようになりました。
例えば、マスクを常時着用すると使用頻度が減るリップグロスなどの商品は、オンライン会議での需要を意識した新色展開などの施策で活路を見い出しています。観光客の利用が激減したホテルの一部は、リモートワークをするための場として新プランを設けています。ウィズコロナの生活に合わせて商品の意義を捉えなおす事例は、このほかにも数多くありました。

こうした時代に対応したマーケティング施策の中で、特に持続性を感じる2020年のすぐれたマーケティング事例を紹介します。コロナ禍における効果的な訴求について、2020年の事例をもとに考えていきましょう。

2020年のサステナブルな広告事例

freee「#取引先にリモートワークを」

5月にfreeeが発表した「#取引先にリモートワークを」は、企業に対してリモートワークを呼びかける啓発型のプロジェクトです。

コロナ禍でリモートワークが推進されるようになったものの、取引先の都合に合わせることで出社せざるを得ないケースは珍しくありません。社員が健康に働き続けるために立ち上げられた本プロジェクトは、立ち上げ時から三菱UFJ銀行、リクルートホールディングス、メルカリなど各業界大手24社が賛同しました。

同プロジェクトは、賛同企業がSNSアカウントやプレスリリースを通じて意思を表明することで広まり、立ち上げから約1か月で賛同企業を80社まで増やしました。6月1日に発表された宣言文では、「仕事のやり方、元通りはもったいない。」というキャッチフレーズを冠し、働き方そのものを見直す契機としてメッセージを発信しています。

本プロジェクトによって、freeeは先進的な働き方を広める企業としての存在感を強く示しました。このアプローチは、事務管理を効率化するSaaS型クラウドサービスを開発する同社の存在意義を高める効果もあります。この時代における健やかな働き方を提言しているという点でも、社会的意義のあるプロジェクトといえるでしょう。

BEAMS「ソーシャル・ディスタンス マネキン」プロジェクト

6月、ファッションブランドBEAMSは飲食店内にマネキンを展開しました。コロナ禍で衣料品店への来客は激減し、飲食店はソーシャル・ディスタンスを保つために座席数の制限を迫られています。この空席の再利用と、衣料品店で見られなくなってしまったコーディネートを掛け合わせようと生まれたのが、本施策です。

飲食店で制限した席に座るマネキンは、店内のイメージに合わせた最新商品でコーディネートされた状態です。店内イメージを華やかにしつつ自社商品をアピールし、双方にとってメリットが生まれています。さらに、マネキンの置かれたテーブルにはオンラインショップに誘導できるQRコードを設置。いわばウィズコロナ時代のO2O戦略を取っています。

本事例は、コロナ禍で激変した消費行動に対応する、スマートかつサステナブルなひとつの回答だと考えられます。集客数を維持することが難しい今、異なる業界同士が連携して店舗に新しい存在価値をもたらすマーケティング施策は、ひとつの希望となるでしょう。

ウィズコロナ時代でスポットがあたるのはデジタル広告の施策強化ですが、一方でオフラインでしか訴求できないことも残されています。マーケティング活動が可能な場所とその価値を探り、アイデアとシナジー効果によって新しい手法を模索していくことも、マーケターに課された命題のひとつなのかもしれません。

パンテーン「#Pride Hair」プロジェクト

9月にヘアケア商品パンテーンのキャンペーンの一環として発表された「#Pride Hair」プロジェクトは、LGBTQ+の就活について、当事者の体験談をもとに制作した動画を発表したものです。

自身の今後のキャリアを左右する就職活動において、ジェンダー・マイノリティである人々が自身の性について明かすことは非常に難しいことです。自認する性別を偽らなければ就職活動で不利になってしまうかもしれない不安がつきまといます。しかし、それは本当の自分を認めてもらって勝ち取る就職ではなく、今後ずっと性を偽り続けなければならないことを意味します。

パンテーンの「#Pride Hair」はこうしたジレンマを当事者たちのインタビューを通じて伝え、そのうえで「自らの性を明かして、それを認めてもらい働くことは可能だ」というメッセージを伝えています。パンテーンの商品との関連性がある髪の毛という象徴は、当事者たちのアイデンティティと深く結びついています。

パンテーンは商品がケアする対象である髪の毛をあらゆるコンテクストから見つめ、各々の立場でアイデンティティを揺るがされている人々の気持ちを代弁しています。今回はLGBTQ+をテーマとしていましたが、以前は髪の毛の黒染めを強制される学生たちの心を代弁していました。

消費者に寄り添い、生きやすさのためのメッセージを訴求する。パンテーンの姿勢はブランドパーパスをしっかりと伝えながら商品の存在価値を伝える、極めてすぐれたサステナビリティを感じます。YouTubeを介した動画発表とSNSプロモーションを基軸にした連続的な施策は、今後のデジタル広告全盛時代にも大きなインパクトを持つでしょう。

2021年のサステナブル・マーケティング予想

ここまで、2020年を象徴するサステナブル・マーケティング事例を3つ紹介しました。いずれも事業の特色と現代社会の変容の交点を捉えながら、緻密に考えられた施策です。
これらの施策の特徴や傾向をふまえ、本格的なアフターコロナとなるであろう2021年、マーケティング施策の鍵を握りそうな4つのキーワードを挙げてみましょう。

1. オンライン化

第一に挙げられるのはオンライン化です。デジタル広告、オンラインウェビナー、オンラインショップ、アプリ......。企業は自社の魅力を伝えるために、コロナ禍でニーズが増えたオンライン上にユーザーとの何らかの接点を持たねばならないでしょう。

マーケティングとはやや離れた話と感じるかもしれませんが、リモートワーク推進など、働き方に関わるオンライン化も進める必要があります。デジタルマーケティングの効果を最大限に発揮するためには、営業やカスタマーサポートなどのデータをすべて一元管理し施策に落とし込める、つまりリモートワークに適したシステムをつくることが望ましいからです。
狭義のマーケティングにこだわらず、企業の市場活動全体のデータを取得することを目標としたオンライン化を進めることが、持続可能なマーケティングを導くはずです。

2. シェアリングエコノミー

次に、シェアリングエコノミーを挙げます。シェアリングエコノミーとは、個人の遊休資産をシェアすることによる経済活動、またそれを仲介するサービスを指します。空き部屋を活かした民泊サービス『Airbnb』、ドライバーの空き時間を利用したタクシーサービス『Uber』などがその代表例ですが、今後はより多様な形でシェアリングエコノミーが浸透するでしょう。

その理由の一つは、モノを持ちすぎない、ミニマリストと呼ばれるライフスタイルに対する共感が広がっていることです。このミニマリストの思想の根幹にあるのは、無駄な消費を抑え、丁寧な暮らしをすることです。経済停滞と外出自粛が生活に打撃を与えるコロナ禍は、自身の暮らす空間に向き合うミニマリスト的な消費行動とフィットしています。



洋服を月ごとにレンタルする『メチャカリ』や、公共の場を介して傘をシェアする『アイカサ』、家電レンタルサービス『Rentio』など、モノを買わずに借りるシステムを提供する企業は徐々にその注目度を高めています。

不透明な時代の中で消費に対して慎重にならざるを得ない消費者の視点に立ち、売るのではなく"貸す"システムを前提とした施策を打ち出していくことは、企業の新たな強みとなるでしょう。また、こうしたシェア事業は廃棄物削減にも寄与し、エコロジーである点も訴求しやすいはずです。

3. ジェンダーレス

ジェンダーはここ数年あらゆる観点からの問題提起が続いているテーマです。しかし日本では、男女それぞれに対する根強い偏見があり、ジェンダー問題に触れる広告が強い批判の的となるケースも相次ぎました。
「男として」や「女として」という枠組みを批判する方向性のメッセージは、もはや古いものかもしれません。そもそも男と女という二分で議論すること自体、ジェンダーへの認識が浅いともいえます。

今後は男女という枠組みそのものを超えた姿勢を示すことが重要だと思います。"女性のエンパワーメント"や"LGBTQ+への理解"ではなく、あえて"ジェンダーレス"を挙げたのはそのためです。
性別によるカテゴライズや偏見は、あらゆるところに潜んでいます。その性の枠を超えた視点を持ち、あらゆる商品や広告を捉えなおすこと。そして、それをマーケティングに浸透させること。その企業努力が、今後多くの顧客から長く愛されるブランドの礎になるはずです。

4. スマートシティ&ホーム

コロナショックを受けても売上が微増傾向を見せていた数少ない市場の一つが、スマートデバイス市場です。バカンスや外食に消えていた出費が、家での時間を豊かにするために充てられていることが原因と考えられます。今後はさらにこの動きが加速し、身近な生活を豊かにするための投資は広がっていくでしょう。スマートフォンを介した冷蔵庫や洗濯機の管理は、フードロスや資源の無駄遣いを避ける効果も期待できます。システムそのものがサステナビリティに結びつく住環境の浸透は、今後徐々に広まっていくでしょう。

また、コロナショック以前から掲げられていたスマートシティ構想については、コロナ禍で大きな方向転換を迫られています。感染源の特定や感染防止のための市民の動向調査、体調管理などが新たに都市に求められている機能です。加えて、無人対応可能な店舗システムの導入やドローンによる配達など、働き手不足と感染防止の両面から求められる技術も増えています。

こうしたスマートシティ、スマートホームに寄与する事業やマーケティングは、新たに築かれていくインフラの一部としてアフターコロナ時代へと継がれていくはずです。

2021年、マーケティングを通じて企業が示したい3つのポイント

今後のサステナブル・マーケティングの軸となるキーワードを紹介したところで、企業が今後マーケティングに取り組む中で改めて意識したいことをまとめます。

一つは、アフターコロナ時代に向けての変化や改革を自覚し、受け入れている企業であるという点を社会に示すことです。コロナショックの激動を受けて自社がどう事業を捉えなおし、それを糧にしたか伝えることが市場価値となるはずです。

そして、自社のブランドパーパスを言語化することです。自社商品やサービスが社会にどのような価値がもたらすのかを、企業理念と同様わかりやすく、端的に述べられることが重要です。そのブランドパーパスを基軸にマーケティング施策を考えていけば、おのずと選ばれ続ける企業としての姿が浸透していくはずです。

最後に、提供する商品やサービスの価値の一部、あるいは全体がサステナビリティに通じたものであることが重要です。エコシステムの一部である、廃棄物削減に寄与する、人々の生きやすさに貢献する......どういった形であれ、持続可能な社会の一部であることは、ますます商品選択で考慮されるポイントとなっていきます。

時代に応じて、強いマーケティングの定義は変わっていくものです。いまコロナ禍で強いマーケティングとは、普遍の課題をステークホルダーと共に考え、向き合う姿勢を示すことだと思います。激動の時代だからこそ、刷新できる部分は柔軟に変えつつ、サステナブルな価値を模索していきましょう。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

記事カテゴリー
SDGsと担当者