世界における森林の課題と「カーボン・オフセット」――脱炭素社会と森づくり(第1回)

2021年02月26日

菅義偉首相が所信表明演説で「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする脱炭素社会の実現を目指す」と宣言したように、日本の社会や企業にとって"二酸化炭素の抑制"は最重要課題の1つです。

では、その現状とは、どのようなものなのでしょうか? 森林破壊と気候変動が加速している現在の危機的状況に歯止めをかける行動を起こすために、音楽家・坂本龍一さんが代表となり設立した「more trees(モア・トゥリーズ)」。その事務局長を務める水谷伸吉さんが「環境問題の現在と解決策」について解説します。

語り:水谷伸吉 構成:講談社SDGs編集部

坂本龍一と森づくり

坂本龍一代表は、1992年にリオデジャネイロで「地球サミット」(環境と開発をテーマにした国連会議)が開催された頃から環境問題に取り組む意識を強くしたといいます。国際的に森林減少が問題視されるようになってきたのもこの頃です。そして2006年、"No Nukes, More Trees(原子力はいらない、もっと木を)"というスローガンを考えました。細野晴臣、高橋幸宏、中沢新一、桑原茂一を加えた5名が発起人となり、このスローガンのうちMore Treesに特化した団体を2007年に設立。以来、私たちは、森林の役割を最大化するための「森づくり」に取り組んでいます。

大気中の二酸化炭素(CO2)濃度を下げることは、気候変動問題を考える際には主要な対策となります。それで日本政府は、CO2の排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」、「脱炭素社会」を目指す宣言をしたわけです。光合成によって大気中のCO2を吸収・固定してくれる樹木の集まりである森林の保全は、こうした流れの中でも重要な位置を占めています。

森林は本来、多面的機能を有しています。CO2の吸収に代表される「地球環境保全」のほか、「土砂災害防止」、「水源の涵養」、「生物多様性の保全」、「保健やレクレーションの場の提供」などがそうです。そういう機能を見直しながら森林を再構築していこうというのが私たちの考えです。

毎秒、テニスコート15面分の森林が失われている

世界では今、1秒間にテニスコート15面分の森林が失われています。開発のために森林伐採が続けられているだけでなく、森林火災も増えています。

こうした森林火災や森林減少は、経済活動と無関係ではありません。

たとえばインドネシアでは、長年にわたって、パーム油の原料となるアブラヤシなどを育てるプランテーション(大規模農園)開発が続けられています。そのため、熱帯雨林の伐採が続けられているだけでなく、泥炭湿地林においては開発時の排水によって、泥炭と呼ばれるCO2を蓄積した土地の乾燥化を進めてしまいました。そのことにも関係して、2015年には大規模な森林火災が発生。この火災では260万ヘクタール(東京都12個分)の森林が焼失してしまいました。森林火災は毎年発生しており、2019年には広島県の面積よりも広い約85万ヘクタールの森林と土地が燃え、7億トンものCO2が排出されました。

森林破壊が進めば、大気中のCO2を吸収できなくなる。森林火災が起きれば、吸収どころか大量のCO2が排出される。無秩序に開発していくことは地球を痛めつけ、そこで生きている私たちの経済活動にリスクを及ぼします。

地球温暖化が進めば、森林火災に限らず、台風などの自然災害も起こりやすくなります。そうなれば農林水産業が被害を受けやすいのはもちろん、発電所や交通機関などの社会インフラに被害が出ることもあります。

1998年から2017年の20年間には、気候変動に起因する自然災害によって世界全体で約250兆円の経済損失があったと言われています。台風による被害が多い日本は、世界で3番目に損失が大きいとされます。加えて、日本では年間1000件以上の山火事があり、毎日、約2ヘクタールの森林が燃えている計算になります。こうした状況にストップをかけるためにも、森林を保全していく必要があるのです。

「カーボン・オフセット」は、CO2削減のためにできることのひとつ

では、森林保全やCO2削減のため、組織や個人に何ができるでしょうか? CO2削減を考える方法論のひとつとして「カーボン・オフセット」があります。簡単に言えば、CO2を排出してしまった分、なんらかの形で埋め合わせをする考え方です。要するに、カーボン=炭素のオフセット=相殺です。

たとえば東京からロサンゼルスまで飛行機で往復すると、一人当たり約2.6トンのCO2を排出することになります。とはいえ、島国の日本から外国に行く場合、移動手段の選択肢から飛行機を外すのは現実的ではありません。そこで相殺を考えます。もっとも一般的なのは、CO2の排出量に見合った金額を、カーボンオフセットサービスを提供する団体に支払ってCO2削減に協力するやり方です。

「more trees」でもカーボン・オフセットプロバイダーとして、仲介手続きを行っています。同じようなかたちで、スーパーホテルやオリエンタルランドなどとも提携しています。

more treesでは、「都市と森をつなぐ」をキーワードにさまざまな取り組みを行っている

「循環型経済」のベースになる自然資本

最近は、気候変動対策が企業価値を左右して株価に反映されるようにもなってきました。情報開示が企業の義務のようになってきたなか、環境問題、社会問題、統治体制への取り組みを重視して投資するかどうかを決める「ESG投資(※)」が浸透してきた表れといえます。

昨今、自動車業界でEV化を進める動きが加速しているのはご存知の通りです。もしSDGsやESG投資の潮流を無視して、燃費の悪いガソリン車だけにこだわれば、将来的に経営は息詰まってしまうのは目に見えています。今は良くても、10年後、20年後にはビジネスが成り立たなくなっているかもしれない。これは他業種も同様で、サステナビリティに配慮しているかどうかは、今後重要な経営指標になるとも言われています。

加えて、新型コロナウィルスの拡大によって経済が止まり、ライフスタイルが見直されるようになったことをきっかけとして、大量生産→大量消費→大量廃棄の「直線型経済」から、持続可能性を考えて資源を再利用していく「循環型経済」への意識は高まりを見せています。

循環型経済のベースになるのは自然資本です。SDGsでは13番目の目標として「気候変動に具体的な対策を」と掲げられていることもあり、森林保全やカーボン・オフセットに関する注目が高まってきているのは私たちも実感しています。

事実、最近は、森林保全活動に参加してくれる企業も増えています。その背景には、SDGsやESG投資があり、こうした活動に参加することが企業にとっても重要であるという認識が高まっているからです。次回は、私たちが企業様とともに行っている「森づくり」について解説します。

※ ESG投資:Environment /環境・Social /社会・Governance /ガバナンスに配慮した企業に対して行う投資のこと

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SDGsと担当者