2022年10月12日
サステナブルな企業経営を目指す概念として、近年よく言及されるようになった「SX(サステナブル・トランスフォーメーション)」。不安定で将来が読みづらい時代、企業はSDGs達成に向けて歩む中で、SXに向き合う必要性が高まりつつあります。
本連載では、このSXとデジタルマーケティング、そしてSDGsに焦点をあてつつ、マーケターがキャッチアップしておくべき情報をお届けします。第4回は、SDGsマーケティングの失敗事例を紹介しつつ、SDGsマーケティングを成功させるためのヒントを解説します。
SDGsという概念は、国内でも広く認知されるようになりました。これはSDGsが国際目標として掲げられた2015年から現在に至るまで、官民一体となってSDGs達成に向けた取り組みや啓発を続けてきた成果と捉えられます。それに加えて、気候変動による自然災害や、コロナ禍による経済や医療・福祉領域への打撃は大きく社会を変えています。課題が山積する時代を迎え、サステナブルな社会について当事者として考える機会が増えているのも、SDGsが浸透したひとつの要因でしょう。
SDGsの浸透は目標達成のための大きな一歩で、喜ばしいことです。しかし、急速に広まったSDGsというワードには、本来意図しないコンテクストも生まれ始めています。「なんでも安易にSDGsに結びつけてブランディングしている」、「本質的な取り組みはないのにSDGsを謳っている」というふうに、ネガティブな印象で捉えられてしまうリスクもあるのです。
こういった形骸化したSDGsを揶揄して、"SDGsウォッシュ"という言葉も生まれました。SDGsウォッシュとは、SDGsを掲げているけれど実態の伴わないビジネスや、それに関わる事象を指します。環境に良いことをしているように見せかけるビジネスを指した"グリーン・ウォッシュ"と同じように、否定的な意味合いを持つ言葉です。
実際、SDGsを掲げて目標達成に向けて歩んでいるという企業の取り組みすべてが、SDGsの本質をついたものかと言えば、決してそうとは言えません。中には消費者が感じる違和感の通り、SDGsがお飾りになってしまっているものもあります。
商品・サービスの質やコストのほか、企業の姿勢や社会貢献度も購買の評価基準となり得る現代において、SDGsはともすれば広告塔のような使い方ができます。しかし、そういった向き合い方をする企業が市場に増えると、国際目標としてSDGsが掲げられた意図や重要性は希薄化されてしまい、結果、企業発信によって社会を構成する一人ひとりの行動変容を促すことが一層難しくなっていくはずです。
こうした理由から、単にSDGsやサステナビリティに触れることで「売ろう」とするマーケティング施策は、それこそサステナブルではない、逆効果につながるものと考えられます。
しかし、SDGsマーケティングの難しさは、じつはそう単純に割り切れるものでもありません。安直なマーケティングの強みとしてSDGsを捉えていなくても、SDGsマーケティングは企業ブランドに悪影響を与えてしまうことがあるのです。
たとえば、SDGsを掲げるメッセージと企業の振る舞いに一貫性がないことが、企業姿勢の根幹に不信感を芽生えさせる要因になったりします。また、ソーシャルグッドな印象を全面に押し出してファンの期待値を高めると、本来はSDGsウォッシュに分類されるようなケースでなくとも、期待値とのギャップによって同様の悪印象を与えてしまうこともあります。今回は、そのような失敗事例をもとに、どうすればSDGsマーケティングを成功させられるのかを考えていきます。
ここからは、ふたつのSDGsマーケティングの失敗事例を紹介します。ここで挙げるSDGsマーケティングの「失敗」とは、企業がSDGsの目標に関連する社会課題解決を目指して展開したマーケティング施策が、最終的には批判の的になってしまった状況を指しています。企業側がある程度ハレーションが起こることを意図していたであろう施策も、そうでない施策も、総じて最終的に企業価値を下げるような印象を残したことを基準として、「失敗」と定義しています。
ある大手スポーツ用品メーカーは、毎年社会問題の提起につながるようなメッセージ性の強いオリジナルムービーを制作し、インターネット上で発表しています。2020年のテーマは「人種差別」。日本の学校に通う多国籍の登場人物が、人種を理由にいじめや不当な扱いを受ける描写があり、SNSを中心に大きな波紋を呼びました。
「まるで日本で人種差別が横行しているような印象操作だ」、「ありもしない問題を提起している」という批判が集まりましたが、実際日本は多様性の浸透した国とは言い難く、動画で描かれたような問題はリアルに基づいたものでした。それをあたかも皆無であるかのように騒ぎ立てた人々の反応は、企業側の狙い通りだったかもしれません。
しかし、このキャンペーンは他の情報と紐付けられることで別の波紋を呼びました。それは、この企業が商品製造の過程で、新疆のウイグル人など人種的マイノリティの強制労働に依存していることが問題視されている、というニュースです。
この問題が明るみに出たことで、マーケティング施策として人種差別の解決を目指すメッセージを発信する一方、製造ラインでは人種差別を横行させているという矛盾が全面に押し出されてしまったのです。
この件によって、その企業の業績に大きな影響が出たというわけではありません。しかし、こうした矛盾が潜在顧客などにどのように響いてくるか考えると、本施策は想定外の結果を残してしまったケースと言えるでしょう。
ある大手銀行は、グループ全体の指針としてCO2削減を掲げ、環境に対する配慮とアクションの重要性を説いていました。しかし、その一方で同時期の石炭産業への融資額が世界トップであることが発表され、大きな反感を買うことになってしまいました。その銀行がCO2削減の具体的なアクションとして訴求していたのは、事業所内における電力消費を削減することでした。しかし、石炭産業への投資によって生じるCO2は、削減量を遥かに超えるものでした。
これは、企業が一丸となってSDGsに取り組めていなかったことから生じた失敗事例です。結果的には"SDGsウォッシュ"と言われてしまっても致し方ないかたちで、CO2削減への取り組みよりも石炭産業への投資がインパクトを残してしまいました。この銀行はこの問題を受け、融資計画の大幅な見直しを図ることとなりました。SDGsマーケティングの失敗は、場合によっては、経営方針そのものを揺るがす起点にもなるのです。
本連載では、一貫してSDGsに取り組むことが、企業の持続的な経営をもたらす変革・SX(サステナビリティ・トランスフォーメーションの略称)にも密接に関わるということを提言しています。その観点から、先に挙げたようなSDGsマーケティングの失敗事例が何をもたらすのか考えてみましょう。
まず、SDGsウォッシュのような印象をエンドユーザーに与えることは、マーケティング施策においては大きな負債と言えます。いかにクリーンな印象を与える訴求を失敗後に打ち出しても、過去の矛盾や印象がその広告効果を半減させてしまうからです。ことSNSなどでの波及効果がある施策の場合、意図しない過去の情報を並べて扱われることも多く、本来とは異なるコンテクストが付与された状態になることもあります。SDGsマーケティングは短期的なものではなく、過去と未来どちらにも長期的な視点を持ち、経営状況と抱き合わせで施策を考えなければならない領域なのです。
一方で売上という観点で見れば、SDGsマーケティングの失敗はすぐに大きな影響を与えるほどのものではないということも事実です。商品やサービスに直接的に関わる問題に比べれば、問題視すらされないレベルかもしれません。
しかし、SDGsに関わる企業情報発信を甘く見ていると、その積み重ねが少しずつ顧客の不信感へとつながっていくはずです。
特に、将来的な顧客層たりえるZ世代は、自ら多様なチャネルを通じて情報を取りに行くスキルが養われており、かつ企業の社会貢献などにも敏感な傾向がある世代です。現在の消費行動を支える30代以降の世代とはまったく異なる価値観を持つ年齢層の潜在顧客がいることを、忘れないようにしましょう。さらに付け加えるならば、このZ世代はのちのち企業が採用する人材でもあります。人手不足が加速する人材市場において、企業ブランドの低下は大きなビハインドになってしまいます。
ちなみに私がSXやSDGsをテーマにした記事でたびたびZ世代に言及する理由は、彼らもまた、少子高齢化社会におけるマイノリティだからです。今後社会の柱を支えていく彼らが、サステナビリティを意識しつつサービスや商品、そして企業を、信頼できる情報のもとで選択できる社会であることが望ましいと考えています。
こうした理由から、SDGsマーケティングは持続的な経営基盤をつくるために極めて重要な要素であり、その失敗はのちの経営基盤の強度に大きな影響を与える要因です。企業はこのようなリスクや可能性を鑑みた上で、SDGsマーケティングの戦略を考えましょう。
では、どうすればSDGsマーケティングにおける失敗を避けられるのでしょうか。そこには、下記のような3つの原因が考えられます。
この場合、SDGsへの取り組みを企業全体の共通理解とし、ワンチームとなって推進できる体制が整っていないケースがほとんどです。
マーケティング部門だけでなく、経営企画部門、商品の生産工場など、すべての立場にある従業員が、自社でどのようなSDGsへの取り組みが始まったのかを理解し、それに対して各ポジションが主体的に最適解を模索していくような流れが社内にできると、ズレのないSDGs達成に向けた動きが取れるでしょう。
もしも自社がそのような共通認識を持った動きを取りづらい状況ならば、SDGsへの取り組みを部門横断型プロジェクトとしてリードするチームを新設する、といった工夫も必要でしょう。最近では「SDGs推進室」や「SX戦略本部」など、企業によってさまざまな分隊が生まれています。
また、社内全体にメッセージを伝えられる全社会議などを設け、経営者やそれに準じる立場のメンバーから、ある程度トップダウンでSDGsへの取り組み内容を伝えるのも効果的です。立場に関係なく、全社員が自社の取り組みや進捗状況について把握できていることが大切です。
SDGsをトレンドとして受け止め、消化してしまうことも失敗の原因となりがちです。たとえば多くの人々から関心・注目を集めやすい目標を達成したとしても、自社の事業とSDGsの接点を適切に見極めなければ、取り組みと打ち出すメッセージの間に乖離が生まれます。
SDGsは、誰かの購買意欲を高めるために作られたものではありません。インパクトに重きを置くのではなく、自社が真にやりたいこととSDGsの交点を探りましょう。この過程では、自社の事業内容やミッション、バリューなどを棚卸しする必要性も出てくると思います。それはすでにマーケターの領域からは超える業務とも言えますが、うまく社内のメンバーや外部コンサルタントなどを巻き込みつつ、SDGsを組み込んだ形で事業戦略やMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)が成立する方向性で改革を仕掛けていきましょう。
最後に、顧客から見た自社の印象を、都度調整することの重要性を挙げます。
SDGsへの取り組みなどを訴求することは、企業のクリーンさや誠実さを伝えることにつながります。裏を返せば、顧客はそのクリーンさを前提として企業を判断するということです。この企業の理想像をうまくコントロールせず、ハードルをむやみに上げてしまうと、何らかのほころびが生じたときに大きな反感や不信を呼び起こしてしまうリスクがあります。
したがって、SDGsマーケティングは、そういった企業の期待値をコントロールする役割も果たすものだということも心得ておくとよいでしょう。顧客が自社に対して過剰な善良さを求めていないかをデータ分析から確認しつつ、SDGsへの取り組みをどのように伝えればありのままの企業努力が伝わるかを検討してみましょう。
SDGsへの取り組みは、経営課題や事業戦略と連なっているテーマであり、SXの一部とも言えます。その中でマーケティングができることは、企業努力を過剰に演出せず、自社らしさをしっかり残しつつ魅力的に伝えることです。
また、SDGsマーケティングに携わる担当者は、マーケティングにこだわらず、自社全体の経営状況やSDGsへの取り組み具合、事業課題などを見渡すことが大切です。その上で、企業として伝えるメッセージに一貫性を持たせる努力をしましょう。
SXの視点でSDGsマーケティングについて見れば、SDGsマーケティングの成功を目指してマーケターが挑戦することが、SXの基盤となるひとつのピースなのだと思います。今回の記事に基づき、自社がどのようなメッセージを問いかけていくべきなのか、改めて考えてみてください。