社会に還元する「Me」から「We」への思考──高祖父・渋沢栄一に学ぶSDGs④

2021年08月25日

経済を循環させながら持続可能な社会を育むために必要なのは、自分だけが儲かればいいという「Me」視点ではなく、みんなで豊かになろうという「We」目線の思考です。『論語と算盤』には、そのためのヒントが書かれていました。

語り/渋澤 健 構成/講談社SDGs

一人ひとりの力の結集を唱えた渋沢栄一

人類の壮大な目標であるSDGsを経営に取り込むには、これまでにない新しい発想やアイデアが必要です。そのためには、新しい情報に対するアンテナも常に張っておく必要があります。

テクノロジーの進化によって、今はスマホひとつあれば、世界中の情報が簡単に受け取れる時代です。スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥーンベリさん当時16歳のスピーチ(国連気候行動サミットに出席し、地球温暖化に本気で取り組んでいない大人たちを叱責した)が世界中に拡散したのも、インターネットのない時代では考えられないことでした。

企業の不祥事や業績も、インターネットやSNSで瞬く間に拡散され、ふとしたきっかけで炎上するリスクもあります。経営者の最大な役割は事業のリスクという不確実性をマネージすることです。だから、株主だけでなく、従業員やお客様、取引先などあらゆるステークホルダーを意識しなくてはいけない時代になったといえます。

近年、欧米の経営者らは「ステークホルダー資本主義」だと言い始めています。ステークホルダーとは株主、従業員、顧客、取引先企業、そして社会のことです。それぞれの「もと」が各自の役割を果たしながら力を合わせることによって、新しい価値が生まれていることを示していますが、これは渋沢栄一が唱えた「合本(がっぽん)主義」と同じことをあらわしています。

渋沢は「一滴一滴が大河になる」という合本主義に基づいて銀行を設立しました。一滴のしずくには力はなくとも、多数が集まれば国家の礎となる大きな流れを生み出すことができると渋沢は考えたのです。

銀行には投資家から一般の人まで、多くの人がお金を預けています。大切なお金を預けるには、信用と「共感」が必要です。共感には、ばらばらになったものをひとつに集める力があります。また、集まった小さな力を事業として継続させるためには、弱い部分や苦手な部分を補完しあう「共助」が重要です。この「共感」と「共助」をうまく生み出すことができれば、「共創」によって輪を広げていくことができます。

共に感じた人たちが集まって共に助けあい、共に新しい世の中をつくっていく。

つまり、渋沢が100年以上前に目指した「合本主義」こそ、現在の時代の流れになっている「ステークホルダー資本主義」であり、SDGsなのです。

「MeからWeへ」でメイク・ソサエティを実現

渋沢栄一が「合本主義」を掲げた背景には、自分のためのメイク・マネーではなく、日本をより豊かな社会にしたいという思いがありました。封建国家から近代的な豊かな社会を目指すことで、人々の生活も国力も高めたいと渋沢は考えたのです。これはただ単に利潤を増やすという近視眼的な視点から、サステナブルな成長を目指した「メイク・ソサエティ(共創社会の実現)」の概念に通じます。

メイク・ソサエティの根本は、一滴のしずくでは力がないけれど、一人ひとりが自分ごととして世の中を1度ずつ変えていけば、よい明日をつくることができるという考え方です。

お金には「使う(買う)」「貯める」「寄付」「投資」の4つの使い方があります。「使う」と「貯める」は「自分(Me)」に対するお金の流れですが、「寄付」はMがひっくり返ってW(We)になるお金の流れです。

かつて、ノーベル経済学賞受賞者の故ミルトン・フリードマン(1912〜2006)は「ビジネスの社会的責任とはその利潤の最大化である」と言いました。彼が現役として活躍していた20世紀は、効率性や生産性を高めることが企業価値の向上とされ、「企業の社会貢献は利益の最大化である」という主張は長く支持されてきました。

しかし、SDGsの登場以来、「メイク・マネー」のみでなく、「メイク・ソサエティ」も同時進行させていくことが重要と風潮が変わって来ました。これはすなわち、「MeからWeへ」のお金の使い方でもあります。

ありがとうの連鎖で持続可能な社会を目指す

コモンズ投信では、子どもがお金の使い方について学ぶ金融セミナーも行っているのですが、投資について説明する時に、「ありがとうの連鎖」という説明をしています。

すべての企業には「お客様」がいます。そしてそのお客様が喜ぶサービスや商品を生み出すのが企業の役目です。

企業はサービスや商品を買ってくれたお客様に「(買ってくれて)ありがとう」を伝え、客は「(売ってくれて)ありがとう」と答えます。企業はその収益を給料にして従業員に「(働いてくれて)ありがとう」と渡し、従業員は「(お給料をいただいて)ありがとう」と受け取ります。

従業員は家で子どもたちに食事を与え、買い物をします。子どもの成長は親の喜びですが、子どもは親に「(育ててくれて)ありがとう」と感謝するでしょう。つまり、「ありがとう」の連鎖でお金は社会に巡り、「ありがとう」が増えれば増えるほど企業の価値は高まります。その「ありがとう」の連鎖を応援するのが投資であり、応援が集まるほど、企業は大きく成長していくのです。

『論語と算盤』第4章「仁義と富貴」のなかで渋沢は「よく集めよく散ぜよ」といっています。ここでいう「散ずる」は散財するということではありません。寄付や投資を通じて世の中に還元する「We」のお金の使い方を示しているのです。

SDGsが採択された翌年の2016年、企業が発行する統合レポートでSDGsの取り組みに言及していたのは私が把握していた限り2社のみでした。しかし、現在になると統合レポートでは、SDGsについて言及していない企業はほぼ見あたりません。社長自らのメッセージでSDGsへの取り組みを宣言している企業も多く、今や、企業がSDGsに取り組まないことは、リスクにすらなっています

リスクは「危険」ではなく、「不確実性」です。良いリスクとは、今まで存在していなかった新しい価値の創造です。リスクある世の中であるからこそ、正しくSDGsを活用することが自社の利益につながることをぜひ、意識していただけたらと思います。

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