2022年09月08日
SDGsを達成するには、全国展開する企業や、住民が多く存在する大都市圏だけでなく、すべての地域で積極的に取り組むことが必要です。特に地域におけるSDGsへの取り組みは、その地域の活性化につながるものであることが重要になるでしょう。
武蔵野大学工学部環境システム学科で環境政策を専門とする白井信雄教授が、SDGsを活かしてどのように地域の活性化を図っていくべきか、先進都市の事例から解説します。
今回は、環境と経済の統合的発展を進める先進都市である福岡県北九州市を取り上げます。同市は、スモッグや水質汚染等の工場由来の公害問題に悩まされた街です。しかし、それを克服した技術やノウハウを活かして環境国際協力を展開し、さらにリサイクル産業を集めたエコタウンを整備し、環境と経済の統合的発展の先進地として歩んできました。今日では、ゼロカーボンのための洋上風力発電等の設置と、それを活かしたグリーン成長を目指しています。
かつて北九州市の公害対策は、1960年代に大気汚染に反対する市民(特に婦人)が立ち上がったことが発端になりました。そして時代は進み、2000年代以降、北九州市は市民・NPO・企業・大学等のパートナーシップにより、世界の環境首都を目指してきました。
SDGsの理念や目標をメガネにして、持続可能な地域発展のトップランナーともいえる北九州市のこれまでとこれからの取り組みを考えてみましょう。
洋上風力(提供:NEDO)
北九州市は、1963年に門司市、小倉市 、若松市、八幡市、戸畑市の五市が合併し、人口100万人を超える政令指定都市として誕生しました。県庁所在都市あるいは三大都市圏以外では初の政令指定都市でした。
北九州市が大都市となった理由は、国道や鉄道、港湾等の交通基盤を活かして、四大工業地帯の1つとされた工業地帯が形成されたためです。工業地帯はいわゆる重化学工業を中心として形成され、なかでも明治維新とともに官営で設置された八幡製鐵所(現在の日本製鉄九州製鉄所八幡地区)は地域経済の牽引役となりました。筑豊炭田の石炭を還元剤として、港湾に運ばれた鉄鉱石の精錬が行われました。
一方で高度経済成長下での急激な工業化は、大都市に深刻な公害問題をもたらしましたが、その戦後の北九州の歩みを表1にまとめました。公害を克服したことで終わったこととせずに、海外の環境問題の解決への交換へと踏み出し、環境への取り組みを地域の個性として伸ばそうという方針を打ち出し、まさに環境と経済の統合的発展を地域で率先してきたことがわかります。
表1 北九州市の歩み
出典)北九州市の資料、関満博編(2009)「「エコタウン」が地域ブランドになる時代」<新評論>等より筆者作成。
このような歩みの経緯の中から、特徴的な2点をあげてみます。
第1に、公害を克服した企業と行政の対策の方式は「北九州方式」ともいわれるもので、これが環境と経済の統合的発展の道を進むうえでの基盤となっています。
この北九州方式は、対策方法のパッケージのようなものです。まず、企業による公害対策は、煙突の煙を外に出る前に綺麗にするという「エンドオブパイプ型」のものだけでなく、生産工程を改善する低公害型生産技術(クリーナープロダクション技術)を導入するものでした。この技術は環境改善だけでなく生産性を向上させる経済的効果を発揮しました。
行政側の対応としては、法の限界を補完するための企業との「公害防止協定」の締結、主要企業と行政からなる「大気汚染防止連絡協議会」の設置のように、企業との調整による実効性のある方法がとられました。企業が開発した技術や行政の調整ノウハウ等は環境国際貢献に活かされていきました。
第2に、公害防止という受動的な取り組みから、より能動的に環境産業の集積と発展を図ろうという方針を打ち出し、リサイクル産業を集積させる「エコタウン」を成功させました。
エコタウンは経済産業省と環境省の所管で、「廃棄物を原料として活用し、リサイクル等を徹底して行い、資源循環型社会の構築を図る事業」のことで、全国各地で展開されました。
北九州市のエコタウンは、大学による教育・基礎研究、技術実証、リサイクル事業等を連携して行っていることに特徴があり、ペットボトルから自動車、廃太陽光パネル、家電、携帯電話、OA機器、パチンコ台、蛍光灯、建設廃棄物、食用油、古紙、古着、空き缶などの実に多種多様なリサイクル企業が立地しています。パチンコ台のリサイクルで出てきた木くずや廃プラスチック、蛍光灯等は他のリサイクル企業に渡していくというように、リサイクル企業の相互連関を行う「総合環境コンビナート」化を図っていることも、北九州市のエコタウンの優れた点です。
エコタウン事業の実施にあたっては、立地企業ごとに担当者を一人決め、責任をもたせるという「ワンストップサービス」を行うなど、行政側の調整機能が発揮されたとされます。公害克服やエコタウンの整備等で発揮された行政側の調整力は、その後、様々な側面で北九州の発展の動かす力となっています。ペットボトルのリサイクル施設立地における「市外からごみを持ち込むな」という経済界の声への対応、有毒な処理困難物として保管されていたPCBの処理施設の設置における市民説明等でも行政が懸命に仕事をしてきたといえるでしょう。
2000年代に入り、北九州市はたくさんの国のモデル事業に採択され、事業を進めます。特に、2008年には「環境モデル都市」、2011年に「環境未来都市」、2018年に「SDGs未来都市」に選定され、より体系的に政策が整理され、再生可能エネルギーの導入を中心とした環境と経済の統合的発展を目指す事業を進めています。
この3つの国のモデル都市については、本連載の6回目でとりあげています。3つの計画から、国は2010年以降の環境産業政策のターゲットを、エコタウンを中心としたリサイクル産業から、風力発電等の再生可能エネルギー関連産業へと拡張してきたことがわかります。
表2に、各計画にみる北九州市の再生可能エネルギーの導入と産業振興にかかる取り組みを抜粋しました。工場から身近な場所へ再生可能エネルギーの設置範囲を広げてきたこと、大規模な発電は太陽光発電から洋上風力発電へ重点をシフトしてきたこと、水素利用では工場での副生ガスの利用から風力発電の電気による水分解での水素製造へ重点を進化させていることなどがわかります。
なお、洋上風力発電の電気はエコタウンに立地するリサイクル事業に活用することも検討しています。リサイクルに必要な電気を再生可能エネルギーで賄うことで、リサイクル製品のプレミアムを高めることが狙いとなっています。
表2 環境モデル都市・環境未来都市・SDGs未来都市の計画にみる北九州市の再生可能エネルギーの導入と産業振興
出典)北九州市の各計画より筆者作成
環境と経済の統合的発展に関連する北九州市の取り組みをまとめてきましたが、同市では市民による主体的な活動、市民と協働する行政の施策にも見るべきところがあります。
遡れば、公害対策を進める初期段階において、地域の女性が中心的な役割を果たしたことがあげられます。高度経済成長下における企業城下町においては、公害問題への積極的な反対運動が起こしにくい状況にありましたが、子どもの健康を心配した母親たちが、「青空がほしい」というスローガンを掲げ、自発的に大気汚染の状況を調査し、その結果をもとに企業や行政に改善を求める積極的な運動を起こしました。「企業に勤める男ができないなら、女がやろう」という女性の視点が北九州の行政や企業を動かすことになりました。
また、2004年にスタートした市民、NPO、企業、大学などによる「環境首都創造会議」では、市民環境行動10原則と約250のプロジェクトの提案がまとめられました。同10原則の1番目は「市民の力で、楽しみながらまちの環境力を高めます」、2番目は「優れた環境人財を産み出します」、3番目は「 顔の見える地域のつながりを大切にします」となっています。
では、近年の市民の取り組みはどのように展開されているのでしょうか。表3に、3つのモデル都市の計画から環境面での市民に関連する計画項目を抜粋しました。環境未来都市とSDGs未来都市では福祉や健康、教育等に関連する事業が具体的に示されていますが、それらは表から除いています。こうしてみると、環境未来都市以降はESD (持続可能な開発のための教育)やSDGsをテーマにした教育の推進が示されていますが、環境と経済の統合的発展ほどには、環境と社会の統合的発展に関連する事業が創出されているわけではないようです。
とはいえ、北九州市の環境シンボルイベントとされる「エコライフステージ」は、2002年から開催され、多くの市民が参加をしています。市民・NPO・企業・学校・行政など市内外の様々な団体が集まり、ブース出展やステージなどで、日頃実践している環境活動等を発表・提案する場として、継続し、発展しています。そこで発信される市民の環境活動をみると、北九州市は環境産業都市であるとともに、環境市民都市としても発展してきていることがわかります。
表3 環境モデル都市・環境未来都市・SDGs未来都市の計画にみる市民やパートナーシップに関する取り組み(環境面を中心として)
出典)北九州市の各計画より筆者作成
最後に、SDGsの17の目標間の統合という観点から、北九州市のこれまでの発展を3つのポイントで整理します。
第1に、北九州市の環境産業の集積は、「11 住み続けられるまちづくりを」(大気汚染対策に関連)、「12 つくる責任 つかう責任」(廃棄物対策に関連)、「7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに」「13 気候変動に具体的な対策を」(再生可能エネルギー導入に関連)といった環境面の目標を、「8 働きがいも経済成長も」「9 産業の技術革新の基盤をつくろう」という経済面の目標とあわせて、統合的に実現するものだといえます。これらの取り組みでは、産学官が一体となったビジョンづくりと、それを実践する行政等のコーディネートの成果であったと考えられます。
第2に、エコタウンに立地するリサイクル企業間の連携、あるいは洋上風力発電の関連産業の集積とその電気をリサイクル事業に活用し、さらにプレミアムを高めるという取り組みは「環境産業エコシステム」として注目されます。これは「8 働きがいも経済成長も」「9 産業の技術革新の基盤をつくろう」という経済面の目標を、さらに相互に連関させるというものです。この面でも、ビジョンづくりとコーディネートが成果をあげています。
第3に、婦人を中心として公害運動が立ち上がり、現在もなお婦人活動が活発なこと、立地する環境ビジネスや廃棄物の処理施設等を環境教育にも活用してきたことは、「4 質の高い教育をみんなに」「5 ジェンダー平等を実現しよう」といった社会面と上述の環境面あるいは経済面をつなぐ取り組みとなっています。
エコライフステージ2019の様子(提供:北九州市)
今後は、ゼロカーボンや気候変動適応等に関する教育の強化が必要とされているなか、さらに環境ビジネスと市民の学びをつなぐような、「環境教育エコシステム」の戦略的な構築が期待されます。また、環境ビジネスの収益を地域内の福祉やコミュニティビジネスの振興に還元するなど、環境産業都市として社会的包摂を重視する方向への新展開が今後の課題となるでしょう。
世界的にアフターコロナに向けたグリーンリカバリーが注目されていることを本連載の第2部 第3回で示しましたが、北九州市のこれまでの取り組みは、グリーンリカバリーを目指す地域ぐるみのビジョンづくりとコーディネートが重要であることを示しています。
次回は、「生物多様性の保全と地域活性化」を統合的に進めてきた事例をとりあげます。