環境と福祉の「バラバラ」をつなぎなおせ|環境と福祉 問題解決のための「統合」とは【第1回】

2023年08月09日

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今回から「環境と福祉」をテーマにした新連載がスタートします。

SDGsの重要な指針のひとつに、「諸問題は相互に関連しているため、統合的解決を図らねばならない」という考えかたがあります。この「環境と福祉」もまた相互に関連しており、それぞれの問題に対して「統合的解決」を図る必要があるのです。

さらに、環境問題は「人と自然」との関係の問題、福祉問題は「人と社会」との関係の問題であり、どちらも人と他者との関係だということになります。それゆえ、人と他者との関係を規定する根本的な問題(たとえば、市場を介して外部依存性が高まり、自立性が損なわれている問題など)は共通しています。両者の問題解決のためには、根本的な対策を進めねばなりません。

本連載では、環境と福祉の相互の関連(=連環)を整理するとともに、両者の根本にある問題(=根幹)を明らかにして、社会を変える(=転換)ためにはどうしたらよいかを解説していきます(筆者は連環・根幹・転換という3つの「カン」が大切であることを常々唱えています)。

福祉を捉える4つのキーワード

福祉に相当する英語としては、「ウェルフェア(Welfare)」と「ウェルビーイング(Well-being)」があります。ウェルフェアとは最低限の幸福と社会的援助が得られること、ウェルビーイングとはより積極的に人権を尊重し、自己実現の保障が得られることです。ウェルビーイングの定義は様々なものがありますが、ここでは、一人ひとりのよい状態、すなわち快適感や充足、幸福感、自己実現が得られる状態であることとしておきます。

図1に、ウェルフェアとウェルビーイングの対象範囲の違いを、対象とする人(弱者か、一般市民か)、保障するレベル(基本的人権か、よりよい状態か)という観点から整理しました。

図1 ウェルフェアとウェルビーイング

ウェルフェアとウェルビーイング概念図

そして本連載では、福祉として取り上げる側面に、「フェアネス(Fairness、公正・公平)」を加えることにします。誰一人取り残さないように、ウェルフェアとウェルビーイングが保証され、確保されていること、そしてその状態に不平等や格差がないこと、すなわちフェアネスが大切だからです。

さらに福祉のキーワードとして、「コミュニティ」を追加します。コミュニティとは、人と人とのつながりのことです。環境において人と自然とのつながりが重要であるのに対して、福祉の側面では人と人のつながりが重要だといえます。本連載における福祉の側面を捉える4つのキーワードを表1にまとめました。

表1 「福祉」を捉える4つのキーワード

「福祉」を捉える4つのキーワード

持続可能な発展のために必要な規範とは

筆者は、持続可能な発展のための規範を、

  1. 環境・資源への配慮
  2. 社会・経済の活力
  3. 公正への配慮
  4. リスクへの備え

という4点に整理しています。この4つの規範をすべて満たすことが持続可能な発展の条件となります。この4つの規範と、福祉を捉える4つのキーワードとの関連を整理したのが図2です。

図2 持続可能な発展の4つの規範と福祉の4つのキーワードの関係

持続可能な発展の4つの規範と福祉の4つのキーワードの関係

ウェルフェアとウェルビーイング、コミュニティは社会・経済の活力のうち、経済面以外の活力、すなわち社会面の活力に関連するキーワードです。フェアネスは公正への配慮に相当するキーワードです。

このように考えると、「環境と福祉」の統合的発展は、持続可能な発展の方向性の多くの範囲をカバーします。「環境と経済」、「環境とリスクへの備え(レジリエンス)」についても統合的発展の方向性を検討することが必要ですが、それについては別の機会に考えることにしましょう。

環境問題がもたらす、福祉へ負の影響

ここまでで「環境と福祉」の連載で扱う範囲を整理しました。それでは、環境と福祉はどのように関係しているのでしょうか。

まず気候変動の問題における福祉への影響を考えてみましょう。たとえば、国連広報のサイトでは、「気候変動により人々が貧困に追いやられ、貧困から抜け出せない要因が増えている」と指摘しています。洪水による都市のスラム街の被害、暑さは屋外の労働困難、水不足による収穫への影響などが高まるからです。気候変動の影響による難民も増加しています。

また、「過去 10年間(2010年~2019年)において、気象関連の災害により毎年平均で推定 2,310万人が故郷を離れることを余儀なくされ、貧困に陥るおそれのある人々が増加しています」と指摘しています。気候変動という環境問題は、貧困や難民という基本的人権の侵害、すなわちウェルフェアの問題を増幅させ、さらに深刻なものとしているわけです。気候変動による貧困が難民を増やし、難民が貧困になる、貧困が世代間で連鎖していくという負のスパイラルがあります。

国連はさらに、「難民の多くは、気候変動の影響による被害を最も受けやすく、気候変動の影響への適応の準備が最も遅れた国で発生しています」と指摘しています。これは、フェアネスに関する問題です。

この遅れた国の多くは開発途上国、エネルギー消費による二酸化炭素の排出量が少ない国々です。気候変動の問題において、開発途上国は被害の程度が強く、日本等の先進国は加害の程度は強いという点でアンフェアな状況にあるわけです。エネルギー消費によって快適な暮らしという受益があるとすると、開発途上国は受苦が多く、受益が小さい(受苦>受益)、先進国は受苦もあるが受益が大きい(受苦<受益)ということができます。

先進国も気候変動の影響から身の身を守る必要があるわけですが、それとともに、弱い立場の国や地域のウェルフェアを損ない、フェアネスに欠けるという福祉の問題として、気候変動問題を捉えることが大切です。気候変動対策を通じて経済を成長させるという裨益の創出も大切ですが、これまでの経済の成長がフェアネスに欠けるものであったのではないか、グリーン成長はフェアネスの観点で問題がないか、を考えてみなければなりません。

戦後の高度経済成長期に深刻な健康被害の問題となった公害病においても、大都市圏で排出された産業廃棄物の地方圏での不法投棄においても、強者と弱者におけるアンフェアな構造があります。また、公害病があった地域では、環境負荷の発生源となった工場の関係者と被害者となった住民の間でのコミュニティの分断がありました。こうした問題については、この連載で具体的にとりあげていきます。

「環境問題」における「福祉問題」への負の作用の例を、福祉の4つのキーワードごとに、表2にまとめました。

表2 「環境問題」による「福祉問題」への影響

「環境問題」による「福祉問題」への影響

福祉に問題をもたらす数々の環境対策

「環境問題」が「福祉問題」を引き起こすだけでなく、環境問題を解決しようとする対策(環境対策)が福祉への配慮に欠ける場合にも、環境対策が福祉問題を起こすという負の作用が生じます。

最近では、再生可能エネルギーの設置におけるアンフェアな問題がクローズアップされてきました。たとえば、大都市圏等の地域外の事業者がメガソーラーを設置する土地を地方の農山村に求め、地域との連携がないままに事業を実施することで、住民の反対運動が起こってきました。環境対策が別の環境問題を起こし、住民のウェルフェアやウェルビーイングを損なうわけです。

また大規模なメガソーラーを設置するための資金調達は、地方の農山村における小規模零細な地元事業者には困難です。資金調達ができる大都市圏の大企業が大都市圏の銀行から資金を得て、事業収益をあげます。事業で得られたお金は地域に還元されることなく、大都市圏に流出していきます。ここに環境対策による受益のアンフェアの問題が生じます。

特にゼロカーボンを目指し気候変動対策を一気に進めようとしているなか、それがローカルな視点での環境問題を引き起こし、地域の福祉に悪影響を与えることが懸念されます。環境対策もまた、最終的には人の福祉のよい状態を目指すものですから、「環境対策に起因して発生する福祉問題」は本末転倒だといえます。

「環境対策」による「福祉問題」への影響を、福祉の4つのキーワードごとに、表3にまとめました。

表3  「環境対策」による「福祉問題」への影響

「環境対策」による「福祉問題」への影響

環境と福祉の統合的発展へ

ここまで「環境問題」あるいは「環境対策」による「福祉問題」への負の作用の説明をしてきました。こうした負の作用を解消する工夫が必要であるとともに、正の作用を高める創造(環境と福祉のシナジーの創出)が期待されます。

シナジーの創出の方向性は、「環境と経済の統合的発展」ならぬ「環境と福祉の統合的発展」、「グリーン成長」ならぬ「グリーン福祉」といってもいいでしょう。「ネイチャーポジティブ」ならぬ「環境福祉ポジティブ」といってもいいかもしれません。

シナジーの創出の例を表4にまとめました。どれも既に取り組まれていたり、検討がなされているものです。

表4  「環境対策」における「福祉対策」の統合

「環境対策」における「福祉対策」の統合

たとえば、リサイクル事業における障がい者雇用の先行的な例としては、新庄方式という食品トレーのリサイクルがあります。新庄方式は山形県新庄市にある食品トレーの製造事業者が始めたもので、使用済みトレーを回収し、再生原料に戻して、トレー製造に用いるという資源循環システムですが、ここに障がい者の社会参加の機会を組み入れています。商店等でトレーを回収する際に、再資源化のためにトレーの色ごとに分別をしてもらうのですが、不十分であるために、回収後の分別を障がい者の作業所で行い、障害者の就労機会としています。

新庄方式は他地域にも伝搬されてきましたが、他の環境事業での障がい者雇用にも波及してきています。たとえば、横浜市のSDGs未来都市としての取り組みとして事業化された木のストローでは、その製造を障がい者を雇用する企業が担っています。

森林セラピーについては、「SDGsと地域活性化」【第3部 第4回】において、その発祥地ともいえる信濃町での取り組みを紹介しました。森林という地域資源を活用する森林セラピーは、都市で疲れた心身の健康を取り戻す取り組みであるとともに、人と自然とのよりよい関係、さらにはよりよい人の生きかたを見直すという点でウェルビーイングの実現に貢献する取り組みだといえます。

問題は環境と福祉の「バラバラな」取り組みにある

新連載開始にあたって、環境と福祉の関係を俯瞰的に整理しました。環境と福祉の関係には、負の作用関係やトレードオフ(二律背反)があり、その問題を解消する工夫が必要であることを示しました。また、正の作用関係もあり、「環境と福祉の統合的発展」、「グリーン福祉」、「環境福祉ポジティブ」が期待されるということを示しました。

そもそもの問題は、環境と福祉のつながりがあるにも関わらず、それぞれがバラバラの状態で取り組みが行われていることにあります。「環境をよくすることが目的で、福祉は自分の目的ではない」「環境のことはわかるが、福祉は専門外である」などなどです。そうした縦割りや専門分化を正当化する姿勢こそ、今日の根深い問題であるといえるでしょう。

また、環境と福祉の問題の根本にある問題を見えるように(見るように)して、問題の根本解決を進めていくことも必要になります。根本を変えなければ、負の作用やトレードオフの解決、正の作用を発揮させるための工夫は、とても薄っぺらいものになってしまうでしょう。

この連載では、今後、様々な弱者の視点から問題を掘り下げ、具体的な取り組みをあげ、問題の根本に迫っていきます。

次回のテーマは、「心身や社会的な弱者からみた環境問題」です。

記事カテゴリー
SDGsの基礎知識