2023年12月12日
地方から都市への人口移動が進んだ結果として、過疎と過密の問題が生じます。この過疎と過密は、福祉と環境の問題と大きく関連します。
過疎と過密の問題は国家的な課題とされ、1960年代から長きにわたり、分散型国土の形成を目指す国土政策が示されてきました。そして地域主義や地方の時代が叫ばれ、地方の活性化や魅力的で活き活きとした地域づくりが各地で進めれられてきました。しかし、太宗としての過疎と過密をもたらす地方から都市への人口移動は一向に収まりません。
人口移動は、地方と都市の地域格差によるものです。どのような地域格差が人口移動を引き起こすのでしょうか。そしてその地域格差はどのように是正できるのでしょうか。
今回は、日本国内における過疎と過密がもたらす環境と福祉の問題を整理し、その問題解決の方策を記します。
過疎と過密は、都市に人口が集中し農山村漁村の人口が減少するという人口の偏在のことで、農山漁村から都市への人口移動によって生じます。したがって過疎と過密は表裏一体、双子の問題です。
過疎と過密は、それぞれが環境と福祉の問題の根本的要因となっています。表1に示すように、過疎と過密のいずれもが、自然と人との関係、人と人の関係の維持を困難にさせ、人を取り巻く環境と社会の質を損ない、人の心身の健康を損ないます。
また、過疎地であっても、過密地であっても、社会経済的に恵まれ、心身が剛健な強者はそこそこに生きて、豊かな暮らしをしていけるかもしれませんが、経済的に貧しく、社会とのつながりが弱い、あるいは心身に障害がある弱者にとって、過疎と過密に起因する問題はより一層深刻なものとなります。
表1 過疎・過密による環境問題・福祉問題
過疎地における環境と福祉の問題はさらに人口流出を促し、過疎を進行させ、その結果、環境と福祉の問題を深刻化させるという「過疎の負のスパイラル」になります。
たとえば、農作物の収穫の日の前日に鳥獣被害で収穫ができなくなるようでは、地方ならではの農的な暮らしの楽しみを奪われ、地域を離れたくなってしまいます。同様に、交通辺地の過疎地で高齢者が免許返納となれば、都市に暮らす子供世帯を頼り、地域を離れざるを得なくなります。
一方、過密地における環境と福祉の問題では、地域の生活環境が悪化して人口流出が進めば、過密が解消されてよいともいえますが、そうはいきません。人口流出の結果、地域の荒廃(すなわち、スラム化)が進みます。なんらかの理由で地域に取り残された人々は、維持管理が不十分な施設に不便を強いられることになります。
「過密地のスラム化」は日本では現在のところ、あまり顕著ではないものの、過密な都市における人口減少と高齢化が進行していくことで、スラム化の問題が目に見えるようになる可能性があります。
たとえば、ニューヨークのブロンクスでは、気候変動の影響がこの地域で深刻であることや高速道路などの立地も押しつけられてきたことを訴える住民のデモがあったと報道されています。白人や富裕層が多く暮らす地域との間に、気候変動による被害格差があるという訴えです。
過密地のスラム化は、地域の脆弱性を高め、環境問題の被害を増幅させます。そして、住民のウエルフェアやウェルビーイング、さらにはウェルフェアを損なうという福祉の問題が生じ、スラム化の負のスパイラルが進行していきます。過疎と過密のそれぞれにおいて、負のスパイラルが生じるパターンを図1にまとめます。
図1 過疎と過密のそれぞれにおける環境と福祉の問題の負のスパイラル
過疎と過密の問題は、戦後の高度経済成長期から今日まで続く、地方から都市への人口移動によるものです。この人口移動に歯止めをかけること、さらには都市から地方への人口回帰を図ることが、過疎と過密の問題(それに起因する環境問題、福祉問題)の解決のために根本的に必要なこととなります。
では、地方から都市(特に東京圏)への人口移動はなぜ生じるのでしょうか。この人口移動の大半を10代後半、20代の若者が占めていることから、進学先や就職先を求めての社会移動が起こっていると考えられます。
また、大学教育を受ける場を都市に求めたとしても、就職で出身地や最寄りの地方に戻ればよいことを考えると、地方に魅力的な就職場所がないというでしょうか。しかし、地方に素敵な仕事力がないわけではありません。自然と一体にある自然を感じることができる農林水産業の仕事や地域の伝統的産業、地域に密着した商業、きらりと光る技術を持つ工業など、地方にあっても誇るべき、魅力的な仕事はたくさんあります。
それでも、若者が都市に就職場所を求めてしまう理由はなんでしょうか。国土交通省「企業等の東京一極集中に関する懇談会」(2021年)では、東京一極集中の要因となる地域格差として、2つの点をまとめています。
1つめは、東京圏に大学や大企業の本社が集中していることです。また、外資系企業やベンチャー企業も東京に集中し、相対的に賃金が高い傾向にあります。このため、地方圏から東京圏に進学し、大企業や高収入の職場を求めて、(地方に戻らず)東京圏に就職する学生が多くなっています。
2つめは、日常生活等の便利さ、娯楽施設等の多さ、人間関係の自由さ等における地域格差があることです。特に女性は、東京で暮らしたかった、地元や親元を離れたかった等の理由で東京圏に流入した人が多いとされます。
懇談会では「一度東京に来ると、地方に移住しにくい」という点も東京圏集中の理由にあげています。これは、終身雇用や、地域を限定した採用の少なさによるものです。また、子育てや子供の教育上の理由により、地方に移住できないという世帯も多いようです。
若いうちは東京の大学で学び、東京の会社で仕事を覚え、東京で自由に楽しみ、ある程度落ち着いたら、地方に戻るという年代による住まいわけができればいいと考えられますが、社会の慣習による流動の阻害があるために、東京圏から離れられなくなっています。
これまで過疎・過密の問題を是正するために、様々な政策がとられてきました。国の政策の方向性を象徴し、実際の政策に一定の影響力をもった計画が「全国総合開発計画(全総)」です。1961年に策定された最初の全総では拠点開発方式は地方に産業や工業の拠点の整備を、それに続く1968年の新全総もまた大規模プロジェクトによる地方の開発を進めました。
地方における臨海の工業地帯にはこれらの政策で整備されたものが多くありますが、工場の地方進出が進んだものの本社は地元になく、工業団地で何か意思決定をしようとしても、地元の自分達では決められない、というケースが多いと考えれます。
また、高速道路や新幹線等の幹線交通基盤の整備も進められてきましたが、東京とつながる幹線の整備が優先され、地方の基盤整備が遅れました。幹線交通が整備されたとしても、吸引力がある都市に吸い取られる「ストロー効果」も発生してしまいます。
また地方になくて都市にあるものを求める「ないものねだり」による地域の画一化や、東京を頂点とする地域の階層化が進んだ結果、規模が小さな地域が大都市の魅力を上回ることはなく、規模が大きな都市が優位、規模が小さな地方は劣位という階層が強化されてしまいます。
こうした政策への反省から、全国総合開発計画の方針も変化し、地域にあるものを活かすことや、個性や独自性の発揮、住民主導での内発性などを重視するようになってきました。
1970年代後半には、玉野井芳郎という経済学者が「地域の住人が、その地域の風土的個性を背景に、その地域に対する一体感を持ち、地域の行政的、経済的自立性と文化的独立性とを追求すること」という「地域主義」を提唱しました。外発による発展でなく、「内発的発展」という理念も打ち出されてきました。
しかしそれでもなお、過疎・過密の流れを止めることができていません。国土交通省「国民意識調査」では、「都市と地方の地域格差は拡大している」とする回答が約76%となっています(国土交通白書2020より)。「規模の経済性」という経済原理により、集積が集積を呼び、集積した資本がエリアを拡張していくという都市の力に対して、地方の抗う力が未だ上回ることができずにいます。
図2 国土開発の思想の変化
とはいえ、都市機能の集積度の格差があるために、都市はウェルビーイング、すなわち幸福実感が高いわけではありません。
筆者はかつて、地域の状況と幸福度の関係を捉える指標を作成し、分析を行ったことがあります。地域住民が地域の状況を評価する主観的かつ定性的なもので、最終的に環境・経済・社会等の15領域ごとに3つ、合計45のチェックリストを作成しました。
その指標を用いて、WEBモニターアンケート調査を行い、居住地の都市規模別に分析した結果、大都市(政令指定都市及び東京都区部)と中都市(人口15万人以上100万人未満の市)では、小都市(人口5万人未満の市)や町村(市ではない町村)に対して、地域活動、地域交通、教育・就労機会等の状況が有意に高いものの、地域住民の幸福実感は都市規模による有意な差はないという結果になりました。つまり、都市規模による都市機能の状況の地域格差は住民の幸福実感を規定していません。
この理由として、大都市には都市機能の整備を求める人々が暮らし、小都市や町村には都市機能の整備状況をそれほど求めない人が暮らしていることもありますが、別の分析から浮かび上がってきたことがあります。幸福実感を規定する要因として、地域とのつながり度が大きいということです。都市機能が整備された地域に住んでいても、その地域とのつながりがなければ地域の魅力が享受されないということもありますが、人は人とつながりの中で人は幸せを感じるということだと解釈できます。
つまり、ウェルビーイングを高めるためには、地域の都市機能の整備ではなく、地域と人とのつながりを高める方が重要なのです。
ここまでの記述をまとめます。
以上から、人口移動に歯止めをかけるには、地域の固有性を高めるということとともに、地域と人とのつながりを強める地域づくりを徹底していくことが必要だと考えられます。
過疎と過密の問題を解消する方策を、(1)都市機能の格差是正、(2)つながりづくりによる人と場の魅力の整備、(3)地方における過疎への適応、という3つの観点から、未来志向で考えてみましょう。
「高次都市機能の格差是正」のポイントは、テレワークやメタバースを活かして、地方にいながらも都市機能を利用した活動ができるようにすること、すなわち地方の高次都市機能へのアクセシビリティの向上を図ることにあります。
たとえば、地方にデパートが立地しなくとも、メタバース上の仮想店舗が充実したらどうでしょうか。たくさんの品揃えの店を巡りながら、ウインドウショッピングを重ね、手にとってみたり、試着したり、売り子さんと会話を楽しみ、好みのものを選ぶというような過ごし方がメタバース上でできるようになったら、地域にデパートが欲しいと思うでしょうか。また、本社レベルの意思決定を行うオンライン会議に、地方にいながらアクセスできるようになれば、地方に本社屋が立地しなくても、居場所に制約されることなく、自分を起点にして仕事を楽しむことができるのではないでしょうか。
「つながりづくりによる人と場の魅力の整備」のポイントは、特に子どもの参加による地域づくりを進めることです。地方の小中高校において、学校・家庭・地域における地域活動に参加し、また地域の未来の計画やプロジェクトへの参加機会を増やし、内発的動機を高める工夫を図ることで、生まれた地域へのシビックプライドと愛着が高まります。
地域とつながる想いが、都市機能の格差を上回ることで、地方への定住や回帰が活性化します。地域とつながる探究学習等は既に進められていますが、地域の未来ビジョンに対する子どもの参加、子どもの声を反映した地域づくりの実践などにより、地域とつながる経験値を高めることはまだまだできそうです。
「地方における過疎への適応」とは、人口減少や高齢化に歯止めをかけるという対策とは別に、過疎を受け入れて地域の居住再編を図ったり、地域づくりの担い手として高齢者に活躍してもらうなど、賢く縮小し、縮小することで魅力を高めていくことです。
人口減少や高齢化は全国的に進行する現象ですので、自分の地域だけが人口減少や高齢化に歯止めをかけようしても無理があります。高齢化率が高くとも、高齢者が活き活きとしている地域はありますが、そうした地域であっても将来の人口予測やインフラの老朽化は否応がなく進行します。だとしたら、人口減少や高齢化を先取りし、未来志向で地域の再編と縮小を図ることが必要ではないでしょうか。重要なことは縮小する未来の地域をユートピアとして描き、それに向けて前向きに動きだすことです。
上記の他にも、都市から地方への移住が主流になる可能性も高まっています。地方回帰や移住者が活躍する地域づくりについては、「地方回帰と分散型国土で実現する、国土構造の変革|SDGsと地域活性化【第2部 第2回】」に記しています。
次回も、環境と福祉の問題の根本にある地域格差をとりあげます。