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環境と福祉の基盤となる「コミュニティ」の効用|環境と福祉 問題解決のための「統合」とは【第17回】

2025年02月25日

環境と福祉  タイトル画像

本連載の1回目"環境と福祉の「バラバラ」をつなぎなおせ」"に、環境問題は「人と自然」との関係の問題であり、福祉問題は「人と社会」の関係の問題であること、さらに福祉問題であつかうキーワードとして、ウェルフェア・ウェルビーイング・フェアネス・コミュニティの4つがあることを記しました。今回はコミュニティをに焦点を当てて、それと環境問題あるいは環境対策との関係を記していきます。

1回目の冒頭にまとめたように、コミュニティとは「人と人のつながり」のことで、ウェルフェアとウェルビーイングの基盤となります。社会的動物である人は、他者とのつながりに支えられて生きることができ、他者とのつながりを通じて幸福を感じることができるからです。

コミュニティには多様な側面があります。マッキーヴァーは、コミュニティの定義を「場所や空間を共有する結合の形式で、地縁による自生的な共同生活」としましたが、今日では、この定義は地域コミュニティという1つのタイプを指すものとなりました。
産業化により職場コミュニティが中心となった時代もありましたが、都市化の進行やライフスタイルの多様化によって地域コミュニティとともに希薄化し、特定の目的や趣味等のテーマを共有する市民コミュニティの活動が活発になってきました。

さらに、インターネットの普及、通信容量の拡大、メタバースの普及により、インターネット・コミュニティ、サイバースペース上のバーチャル・コミュニティも形成されてきました。メタバース上のコミュニティでは、現実世界とは違うキャラクターを持ったアバターとしてふるまうことができ、現実世界とは異なる新たなつながりの場となっています。
これらの多様なコミュニティは、それぞれに環境問題・環境対策と相互作用の関係にあります。具体的な事例を示していきましょう。

図1 多様化するコミュニティ

図1 多様化するコミュニティ

公害による地域コミュニティの分断と再生

戦後の高度経済成長期の公害問題は、住民の生命や健康を損なう被害をもたらしましたが、地域コミュニティの分断という問題もまた深刻でした。
たとえば、4大公害病の1つである水俣病は、チッソ(株)の廃液に含まれる有機水源によるものでしたが、原因の特定や公表に時間がかかりました。この結果、大企業城下町において地域コミュニティを分断する状況が生じました。

原因が不確定な状況で、水俣病は「伝染病」として扱われ、患者のみなさんは社会とのつながりを絶たざるを得ない状況になりました。また、同じ住民でありながらも原因者である企業関係者と被害者住民が生じ、同じ患者であっても症状の程度によって補償金の違いから対立関係が生じることがありました。つまり、環境問題が地域上の中で差別や疎遠化を引き起こし、コミュニティの分断が生じました。

水俣病の原因が特定されたのち、とられた対策は3つあります、1つは、生産停止と汚染された環境の浄化です。1974年に仕切り網を設置し、汚染された魚が水俣湾から出ていかないようにして魚を駆除、1990年には海底に貯まったヘドロを除去し、埋め立てる工事が終了しました。1997 年には仕切網も取り除かれ、海の浄化が完了しました。

2つめは、被害者の認定や補償です。海が浄化したからといって水俣病の問題は終焉となったわけではなく、水俣から関西に移住した人たちの訴訟が続き、2004年にようやく国や県の責任が認められました。さらに、患者認定を求めている人や裁判で損害賠償を求める人が続きました。

3つめの対策が「もやいなおし」です。「もやい(舫い)」とは、船と船をつなぎ合わせることをいいます。熊本県水俣市ではこれを地域の人と人のつながり(すなわち、地域コミュニティ)にみたてて、水俣病によって分断されたつながりを取り戻すために、水俣病と向き合い、話し合うことで意識改革を図ろうとしました。この動きが「もやいなおし」で、市民参加の多様なプログラム(市民の集い、市民講座、ワークショップ、イベント、コンサートなど)が実施されました。「もやいなおし」によって再構築されたコミュニティを基盤として、水俣は公害対策のまちから、環境創造の先進地としての取り組みを進めてきました。

市民コンサートイメージ

このように、激甚な環境問題は地域コミュニティを分断してしまうことから、環境問題の解決のためには環境浄化や事後補償とともに、地域コミュニティの再生が大きな課題となりました。
地域コミュニティの分断は、地球規模の環境問題においても生じます。気候変動の影響に起因する農業被害や水災害による居住環境の被害は、就労の場をもとめた出稼ぎや移民を強いることとなり、支え合う人と人のつながりを分断してしまいます。

「地元学」を通じた人と自然、人と人のつながりの再生

水俣のもやいなおしの活動のなかで、注目されるべきは、水俣市の行政職員であった吉本哲郎氏が提唱し、実践してきた「地元学」です。
地元学は、地域住民が主体となって、地域にあるもの(地域資源)を調べ、それを地域に役立てる方法を考えていく地域づくりの方法ですが、吉本氏にはあるこだわりがありました。

吉本氏は「地元学とは...地元の人が主体となって、地域の個性を受け止め、内から地域の個性を自覚することを第一歩に、外から押し寄せる変化を受け止め、内から地域の個性に照らし合わせ、自問自答をしながら地域独自の生活(文化)を日常的に創りあげていく知的創造行為である」としています。
吉本流「地元学」では、見えなくなっている地域資源の発見とそれを活かす活動を通じて、人と自然、人と人とのつながりの再生を狙いとしていたのです。

筆者は、地元学を気候変動の問題(特に気候変動への適応策の学習と住民主導の実践)にも応用できるのではないかと考え、2015年頃から「気候変動の地元学」を提唱し、実践してきました。
これは「地域住民を中心とする地域主体が、地域で発生している気候変動の影響事例調べを行い、気候変動の地域への影響事例やそれを規定する地域の社会経済的要因を抽出し、それを共有し、影響に対する具体的な適応策を話し合う」ことで、「気候変動問題を地域の課題あるいは自分の課題として捉え、適応策への行動意図を高め、適応能力(具体的な備えや知識)の形成や適切な適応策の実施につなげる」というプログラムです。

「気候変動の地元学」は、気候変動による固有性のある地域資源への影響を住民目線で網羅的に洗い出すことができ、地域の外にいる専門家ではわからない気候変動の地域への影響、さらにはそれに対する適応策を検討することができます。
また「気候変動の地元学」により、住民は気候変動の地域への影響を知り、気候変動が地球規模の将来の影響ではなく、現在、進行している地域の課題あるいは自分の課題として捉える機会となります。
そして気候変動の影響を共有し、地域に根差した具体的な適応策を話し合うことにより、地域主体が気候変動の問題認知や適応策の行動意図を高めることが期待できます。さらに、気候変動というテーマに関心を高めた住民のコミュニティをつくることができます。

ワークショップのイメージ

「気候変動の地元学」にいち早く取り組んだ神奈川県相模原市藤野地域では、ワークショップで立案した市民による降水量の測定等の活動を立ち上げました(図2参照)。
実際に豪雨災害の被害もあったことから、自主防災組織や災害時に積極的に動いたコミュニティカフェの関係者を招き、対話の会を開くなどの活動を続けてきました。こうして強化されてきたコミュニティは、藤野地域の人々の安心・安全の基盤として、災害時のみならず日常においても支えあう基盤として重要な意味を持っています。

図2 藤野で実施した「気候変動の地元学」の実施手順

図2 藤野で実施した「気候変動の地元学」の実施手順

環境をテーマにした市民コミュニティ~市民共同発電の例

環境問題は時代とともに変化してきました。広域化、グローバル化してきた環境問題に対し、その解決をテーマとした市民コミュニティが形成され、確実に広がりをみせてきました。
里山や里海等の保全、野生生物種の保護、古着のリユース、ごみ拾い等といった身近な活動だけでなく、気候変動やエネルギーをテーマにした市民コミュニティもできてきました。その例として、市民共同発電所をあげてみます。

太陽光発電敷設イメージ

市民共同発電所は一般市民の小口の出資を集め、太陽光発電や風力発電を設置し、売電収入を出資者に還元するという方法です。
1997年6月、滋賀県湖南市において全国で初めて市民共同出資というスタイルによる太陽光発電施設が設置されました。この設備は、障害者自立を目指す民間事業所の屋根を設置場所とし、発電した電気は太陽光パネルが設置されている事業所で使用し、余剰電力の売電を行うものです。

環境負荷の少ないエネルギーの生産を広げて行くためには、イニシャルコストを補助金で賄う方法に限界があり、コストの負担者に何らかの還元をしていく方法が必要であるという考え方から、市民共同発電所が生み出されました。
その後、市民共同発電所は全国各地に広がりを見せました。特に2012年のFIT(固定価格買取制度)の導入によって売電による投資回収が容易になったため、飛躍的に数を増やしましたが、買取価格の低下とともに事業採算性を下げ、新設は停滞気味となっています。

個人的には、市民共同発電所は営利目的の発電事業とは異なり、持続可能な地域をめざしたいという市民の志がある事業で、一律に固定価格を下げる必要はなかったのではないかと考えています。しかしそれはさておき、市民共同発電所への関わりを通じて形成されたコミュニティが基盤となり、新たな活動が展開されていることに注目したいところです。

たとえば本連載"子どもの参画による持続可能な社会をめざして"でも取り上げたように、江戸川区のNPO法人「足元から地球温暖化を考える市民ネット(略称:足温ネット)」では、1990年代からフロン回収や市民共同発電所の設置等に取り組んできました。
足温ネットを中心とするコミュニティは、市民共同発電所等の活動を通じて形成され、時代ごとに新たな活動を生み出し続けてきました。さきほどの「気候変動の地元学」も江戸川区で実施しました。
最近では、任意団体「江戸川子どもおんぶず(略称:子どもおんぶず)」とつながり、「気候変動と子どもの参画」をテーマにしたイベントを開催するようになりました。

このように、市民コミュニティは社会の状況や課題に応じて、テーマを変えながらつながりの範囲を広げ、環境、あるいは環境と福祉の統合に関する活動を生み出す基盤となっています。市民コミュニティは動的に変化し続けるものという意味で、エコシステム(社会の生態系)と言われることもあります。

気候市民会議ならぬ「気候コミュニティ会議」への注目

筆者が注目している気候変動をテーマにした活動として、「気候コミュニティ会議」があります。これは、行政や研究者が主導する「気候市民会議」という方法を、コミュニティ主導で行おうという試みです。気候市民会議と気候コミュニティ会議の違いを表1に示しました。

表1 気候市民会議と気候コミュニティ会議

 表1 気候市民会議と気候コミュニティ会議

出典)各種文献をもとに筆者作成

気候市民会議は、熱心な層だけの意見を聴くワークショップやパブリックコメントの問題を解消するため、一般市民の代表者を集め、専門的な学びを経ることでアマチュアリズムの欠点を解消し、行政の気候変動政策への意見を行うという仕組みで、行政手法を改良したものといえます。

日本では、2020年〜21年にかけて、札幌市と川崎市で気候市民会議が行われました。その後、2022年に東京都や埼玉県の自治体で行政が公式に主催する気候市民会議が開催され、首都圏を中心に各地で開催されるようになっています。

それらの気候市民会議と並行して、気候コミュニティ会議と言われる活動も出てきました。これは、市民コミュニティが行うもので、行政への提案というより、市民がつながり、活動を考え、動き出す場となることを目指すものです。市民活動をさらに高度化したものといえるでしょう。

筆者も気候コミュニティ会議に関わる機会がありました。その1つが、公益財団法人 山梨総合研究所が2024年度事業で実施してきた「Change Maker 仲間と未来をつくる気候コミュニティ会議」です。
これは、筆者が山梨県で「気候変動の地元学」の講演をしたときに、「コミュニティ・オーガナイジング」の手法と組み合わせたら面白いという着想した方がいて、実施となったものです。
コミュニティ・オーガナイジングは、市民が主体となって,地域での変化を企画し、共同で行動を起こしていく手法で、アメリカではキャンペーンの手法として開発され、日本でも実践する団体ができてきています。

気候市民会議にせよ、気候コミュニティ会議にせよ、実施によって参加者同士のつながりができ、市民コミュニティが形成・強化されていきます。こうして形成されたコミュニティは、災害時に支えるつながりにもなるでしょうし、ウェルフェアやフェアネスを高める基盤にもなっていきます。

デジタルプラットフォームを活用した環境コミュティの可能性

オンラインコミュニティイメージ

SNSやメタバースにおけるコミュニティは、属地的な制約を超えて、より自由に活動を展開することができます。
地縁に基づく地域コミュニティやテーマのもとに対面で集まる市民コミュニティに比べると、インターネットコミュニティやバーチャルコミュニティは離合集散の自由度も高く、弱い結びつきであるかもしれませんが、時に某県の選挙のように爆発的な拡大をみせ、現実世界を左右する力をみせます。若い世代ほど、SNSの情報への依存度が高く、現実世界のふるまいに大きな影響を与えるものとなっています。

リアルコミュニティ(地域コミュニティ、市民コミュニティ)とデジタルコミュニティ(インターネットコミュニティ、バーチャルコミュニティ)は相互作用の関係にあり、リアルコミュニティの活動を進めるうえで、デジタルコミュニティを補完的に上手く活用することもできます。

最近では、市民参加の対話のためにデジタルプラットフォームのオープンソースの活用が世界的に推進されています。その1つであるDecidimは、スペインのバルセロナで誕生した参加型合意形成プラットフォームです。
日本では、一般社団法人コード・フォー・ジャパンが中心となって日本語化を進め、2020年には兵庫県加古川市でスマートシティの計画への意見交換の場として運用されました。
運営者が情報提供を行い、問を出し、掲示板に自由に意見を書き、とりまとめ→フィードバック→さらに対話を繰り返していくというものです。これは、リアルコミュニティでの活動を補完するものですが、デジタルプラットフォーム上でもコミュニティ形成にもつなげることができそうです。
筆者も、気候変動教育を考えるシンポジウムの事前事後に、Decidimを使ったデジタルプラットフォームでの意見交換を実験的に行っているところです。

コミュニティ主導の壁を超えるために

ここまで、福祉の1つの側面であるコミュニティは、福祉の基盤であるとともに、環境対策を進める基盤でもあること、環境対策とリアルコミュニティの相互作用が各地で動きだしていること、それをデジタルコミュニティが補完する動きがあることを示しました。

しかしコミュニティが基盤となり、コミュニティが主導していく環境対策を進めるうえで壁となることも残されています。
それは、アマチュアリズムゆえの壁です。たとえば「専門家ではないとわからない」、「市民は感情的・無責任」などという理由で市民主導が抑制される場合があります。
しかし気候市民会議の手法のように、専門的知識がなければ学ぶ機会を提供すればよいし、責任関係が曖昧になるのであれば協定等を結べばよいのです。

また、コミュニティ主導性の取り組みはより多くの時間と手間を要します。この時間と手間を惜しまないこと、またデジタルプラットフォームを上手く使うことも、時間的制約を解消するための手法となります。
そもそも、ゼロカーボン対策のように地域の未来や人の一生を左右するような重要な問題を、1年だけで検討しようとすることに無理があります。1年間でやっていた計画づくりを3年間で行うことにするだけで、市民主導性の高い取り組みが容易となります。

環境とコミュニティとの関連では、コミュニティパワー(市民共同発電と関連)、環境コミュニティ・ビジネス(コミュニティによるコミュニティのためのビジネス)、コミュニティバンク(市民バンク)、コミュニティ主導型科学(市民の企画・主導による研究)、コミュニティマネー(地域通貨)など、今回取り上げきれなかった活動もあります。
こうしたコミュニティ主導による社会づくりには不可侵領域はなく、そうした動きを阻害することなく、丁寧にじっくりと、時間と手間をかけて支援・促進する行政や企業の取り組みが求めれます。コミュニティづくりは環境と福祉の問題解決の手段でもありますが、社会の質を左右をする重要な目標でもあるからです。

次回は、環境と福祉の根本の転換に踏み込み、「脱成長」をとりあげます。

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