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ESG債が急進する背景にある、金融界の意識変化──【対談】 ESG債をめぐる世界の動き(第2回)

2021年05月21日

左から、ニューラルCEO 戦略・金融コンサルタント 夫馬賢治さん、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 共同キャピタル・マーケッツ・グループ長 池崎陽大さん

環境問題や社会問題に関連した事業に資金使途を絞って発行される「ESG債」。新たに生まれたこの債券が急激に伸びている背景には、どのような意識変化があるのでしょうか? この分野の第一人者である夫馬賢治さんと、実際にESG債の発行を支援する三菱UFJモルガン・スタンレー証券の池崎陽大さんによる対談の第2回。【全3回】

時代が求めた「ESG債」

──環境や社会のために使途が限定される「ESG債」が世界だけでなく、日本でも大きな注目を集めています。この流れは、予想できたことだったのでしょうか?

池崎 現在、「ESG債」の発行は予想を上回るスピードで増加しています。古くから近江商人は、世間の信用を得るために「三方良し」の精神を大切にしてきたと言われています。売り手良し、買い手良し、世間良しになるように商いをすること。これは近江商人に限らず、日本人に根付いている考え方ですから、三方良しの精神とも共鳴する「ESG債」は受け入れやすかったのだと思います。

一方で、アメリカの価値観もここにきて変わってきました。トランプ大統領の時代はアメリカファーストでやっていましたが、バイデン大統領が就任するとすぐにパリ協定への再加入を打ち出したことがわかりやすい例です。世界各地で異常気象や自然災害が起きているので、誰もが「なんとかしなければならない」と感じている。世界中の人たちが危機感を強くしていることが現在の流れ、「ESG債」の急伸を生み出しているように感じます。

夫馬 ESG債マーケットが非常にユニークな点としては、国があまり深く関与していないことが挙げられますよね。

たとえば、ESG債を発行する企業が、環境や社会のために調達した資金を使うといっても、何に使うのか、実際にちゃんと使っているのかがわからなくなってしまう。そこで、ESG債には、国際的に業界主導で策定したガイドラインがあり、資金が使える具体的な分野や、調達後の年次報告が定められている。さらに、ガイドラインに準拠して発行しているのかを第三者機関がレビューする制度も確立している。これは池崎さんの専門分野ですが、こうした流れは「健全なマーケットを成立させるための業界主導の仕組みづくり」ともいえますね。

この部分に関しても、国ではなく民間主導でやってきた。なぜなら、ESG債は時代が求めたものだったからです。だから自発的に仕組みが生まれたわけです。現在、上場している会社に対してはESGスコアが付けられ、投資のための判断材料になっています(ESGスコアは環境、社会、企業統治への取り組みに対する評価で、調査会社が定量的に測定している)。基準そのものが変わっているわけなので、情報や商品を扱う金融界も変わっていかなければならない。業界全体でESG債への取り組みが加速している背景には、池崎さんがおっしゃるように危機意識の強さがあるように思います。

SDGs教育によって変化しつつある、世代間の「当たり前」

――環境や社会に対する意識は、世代によっても異なり、若い人ほど高いですよね。

池崎 義務教育のなかでSDGsを学んでいる現在の世代であれば、環境や社会のことを気にするのは、もはや"当たり前"のこと。常識の変化によって、一般企業はもちろん、金融界も変わりつつあります。最近では、大学でSDGsについて学んできたという若者が「自分が学んできたことを生かした仕事をしたい、ESG債を扱いたい」と、はっきり口にするケースも出てきました。彼らは本気で、ビジネスを通じて社会に貢献したいと考えていますよね。

夫馬 世代間の感覚の違いを生み出している要因は、大きくいえば、2つあると思うんです。ひとつは、個人の余命ですね。若い人たちのほうがこれから長い時間を生きていかなければならないので、未来に関することに対しては深刻で敏感になりやすいのでしょう

もうひとつは経験の差です。年齢を重ねていくと、「自分たちの時代に通用したやり方がこれからも通用するのではないか」という一種の思い込みがあります。だから新しいことをする必要なんてないと考える。しかし、若い人には経験値がないので、これまでどうだったかを振り返るよりも「これからどうやっていくべきか」ということに対して純粋になりやすいのではないでしょうか。

池崎 夫馬さんの意見にまったく同感です。もう一つ加えるならば、若い世代にとっては世界のつながりがボーダーレスになっていることも大きいですよね。

インターネットやSNSの普及もあり、世界で起きていることを我が事のように感じやすい。自然災害にしても、外国の出来事として済ませるのではなく、地球全体の問題として意識しやすい。情報源がニュースや新聞、雑誌くらいしかなかった我々の時代とは情報を受け取る感覚が違いますよね。何かが起きたとき、他人事ではないように感じられることが行動につながっているように思います。

夫馬 SDGsにおける事業価値の追求や、ESGを経営に統合させることに真剣になっていない企業は、優秀な人材を獲得することも難しくなってきているようです。学生と向き合っている企業の人事の方と話をすると、学生たちの間ではSDGsへの取り組みなどを確かめておこうとする意識が年々強くなっていると言います。

企業とすれば、その部分に関してしっかりとした話ができないと、優秀な学生さんを惹きつけられなくなってしまう。他社で内定が出たならそっちに行ってしまうかもしれないという危機意識にもつながっているようです。

加えて、学生の側からすれば、既存の企業活動が環境問題を引き起こしているのではないか、労働問題を引き起こしているのではないかと、厳しく企業を見ている側面もあるようです。「これから社会に出て行くにあたって、悪には加担したくない」という意識があるのかもしれませんね。だとすれば、地球や社会に対してネガティブではなく、ポジティブな姿勢を見せることは、会社の未来にも直結するとも言えそうです。

池崎 そうですね。金融の世界に限っていえば、リターンがあることが必要不可欠ですが、若い人たちは、SDGsやESGに対する評価を抜きに、リターンは得られなくなるということを直感的に理解しているように思います。そのなかで金融界は何をすべきかと考えると、SDGsへの取り組みなどをリターンにつなげる仕組みをつくっていくことだと感じています。そしてSDGsを形にした商品を扱うことが、金融界のサスティナブル(持続可能性)にもつながるのではないでしょうか。

金融界で生きていくために求められる新たなスキルセット

――ESG債のシェアが拡大している現在。池崎さんは企業からどのような相談を受けますか?

池崎 夫馬さんの話にもあったように、ESG債を出す際には外部の評価を受けますから、「しっかりした評価を得るにはどうすればいいか」といった相談は増えています。

グリーンボンドにすべきか、ソーシャルボンドにすべきか(資金使途が環境関連の事業に絞られるのが「グリーンボンド」で、社会開発事業に絞られるのが「ソーシャルボンド」)。どのような資金使途を設定する方がいいのかといったことについては、ほとんどすべての事業会社が真剣に考え、悩まれています。そのお力になるべく、私たちもSDGsやESGを学び、真摯に課題解決に向けて取り組みを進めています。

夫馬 これまでの証券会社や金融機関には要求がなかった分野に対してアドバイスを求められるようになったわけですが、そのためのスキルセットはどのように獲得したのですか?

池崎 金融機関はもともと、お金があるところからお金を集めて必要な人に渡す仲介業者だったわけですが、「ESG債」が登場したことで、我々も取り組み方を変えなければならなくなりました。

今、環境のため、社会のためにどうすればいいかをより考えることが、金融機関にも強く求められています。そのため、我々の役割は、単に仲介するだけでなく、企業の事業展開の方向性が間違いないかを企業と共に考えることが求められています。今後は確かな判断力がさらに必要とされると言えるかもしれません。金融機関も変わらないといけないのです。証券会社に対しても、コンサルティング会社のような適切なアドバイス力が求められる時代になった。これはパラダイムシフトとも呼べる大きな変化です。

時代が動いているからこそ、必要な知識を吸収しなければならない。金融界の誰もが、その危機意識からさまざまなスキルセットを新たに獲得しています。今まさに変革の時代において、金融界も同時に進化を遂げようとしています。

第3回に続く

●プロフィール

夫馬 賢治 (ふま・けんじ)/株式会社ニューラルCEO 戦略・金融コンサルタント

サステナビリティ経営やESGファイナンスの分野で東証一部上場企業を数多くクライアントに持つ。環境省、農林水産省、厚生労働省のESG領域の審議会委員。NHK、日本テレビ、テレビ朝日、J-WAVE、TBSラジオ、日経新聞、プレジデント、フォーブス、海外CNN、ワシントン・ポスト等での出演・寄稿・取材多数。依頼講演過去100回以上。ハーバード大学大学院サステナビリティ専攻修士。サンダーバードグローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部国際関係論専攻卒。著書に『超入門カーボンニュートラル』 (講談社+α新書)、『ESG思考』(講談社+α新書)、『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)などがある。

池崎 陽大 (いけざき・はるひろ)/三菱UFJモルガン・スタンレー証券 共同キャピタル・マーケッツ・グループ長

同志社大学商学部を卒業して1994年4月に東京銀行(現、三菱UFJ銀行)に入行。1998年6月に東京三菱インターナショナルplc(ロンドン)にてストラクチャリング業務に従事。2001年6月から三菱UFJモルガン・スタンレー証券にて社債引受業務に従事し、2009年6月にデット・キャピタル・マーケット部マネージング・ディレクターに就任。2017年6月からデット・キャピタル・マーケット部長を務め、2021年4月より共同キャピタル・マーケッツ・グループ長に就任。

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